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絵画
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抽象絵画
1910年前後、カンディンスキー、マレーヴィチ、モンドリアンらがそれぞれ独立に到達した、対象の再現から完全に自由な絵画。印象派以降の「対象からの解放」の到達点であり、音楽や数学との類比を通じて、色彩と構成そのものが精神的意味を担うという主張を展開した。20世紀後半の抽象表現主義・ミニマリズムへ継承された。
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バロック
16世紀末から18世紀前半にかけて欧州で展開した美術・建築・音楽の総合様式。対抗宗教改革の宗教的熱狂と絶対王政の権威表現を土壌に、強烈な明暗対比、躍動する構図、過剰な装飾、感情の直接的表出を特徴とする。ルネサンスの静的調和と対照的に、観者の情感を揺さぶることを目的とした。
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カラヴァッジョ
ミラノ近郊生まれのイタリア・バロック絵画の先駆者。テネブリズム(暗闇主義)と呼ばれる強烈なキアロスクーロ、聖人を庶民として描く大胆な現実主義で、17世紀絵画の方向を決定づけた。殺人事件を起こし逃亡生活の果てに38歳で客死したが、作品は欧州全土の画家に直接的な衝撃を与えた。
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セザンヌ
南仏エクス=アン=プロヴァンス生まれの画家。印象派展に参加したのち、「自然を円筒・球・円錐によって扱え」と述べ、光の描写を超えて対象の構造を再構築する絵画へ向かった。『サント・ヴィクトワール山』『リンゴのある静物』『水浴図』連作が代表作。キュビズム・抽象絵画の直接の先駆となった。
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キュビズム
1907年のピカソ『アヴィニョンの娘たち』とセザンヌ回顧展を起点に、ピカソとブラックが協働で展開した20世紀初頭最大の絵画運動。対象を複数の視点から同時に捉え、幾何学的な面に分解して画面上で再構成する手法で、ルネサンス以来の単一視点透視法を解体した。分析的キュビズム、総合的キュビズム、コラージュへと展開した。
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サルバドール・ダリ
カタルーニャ・フィゲラス生まれの画家。偏執狂的批判的方法により、無意識の幻視を古典的写実技法で描いた。『記憶の固執』(1931)『茹でた隠元豆のある柔らかい構造』(1936)『十字架の聖ヨハネのキリスト』(1951)が代表作。ブルトンから破門されたあとも、自己演出と大衆化戦略で20世紀最も知られた芸術家の一人となった。
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表現主義
20世紀初頭、主にドイツとオーストリアで展開した美術・文学・映画の運動。ゴッホ、ゴーギャン、ムンクを源流に、写実的再現よりも内的情念・不安・怒りを鮮烈な色彩と歪められた形態で表現した。ドレスデンの『ブリュッケ』、ミュンヘンの『青騎士』、『新即物主義』を経て、ナチスの『退廃芸術』弾圧で終焉した。
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ゴヤ
スペイン・アラゴン地方生まれの画家・版画家。宮廷画家として王室を描きつつ、晩年は『戦争の惨禍』『黒い絵』で戦争・狂気・暗黒面を容赦なく刻んだ。ロココと新古典の間に出現し、ロマン主義と近代絵画の扉を開いた。『裸のマハ』『1808年5月3日』『我が子を食らうサトゥルヌス』が代表作である。
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印象派
1874年の第1回展に始まる、パリを中心とする絵画運動。アカデミズムの歴史画を拒絶し、戸外制作(プレネール)と色彩の純粋な併置により、光と瞬間の印象を描くことを目指した。モネ、ルノワール、ドガ、ピサロ、シスレー、マネ(先駆者)、そしてセザンヌ(近接者)が参加した。
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ジャクソン・ポロック
ワイオミング生まれのアメリカ人画家。1940年代後半、床に敷いたキャンバスに絵具を滴らせる『ドリップ・ペインティング』で抽象表現主義の頂点に立った。『No.5, 1948』『ラベンダー・ミスト』が代表作。ニューヨーク・スクールの象徴となり、戦後美術の重心をパリからNYへ移す起点となった。44歳で交通事故死。
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カンディンスキー
モスクワ生まれの画家・美術理論家。法学から転じて30歳で画業に入り、ミュンヘンで『青騎士』を結成、1910年前後に最初の非対象絵画を描いた。『芸術における精神的なもの』(1912)で抽象絵画の理論的基礎を与えた。バウハウスの教師として基礎造形教育を体系化し、晩年はパリで幾何学的抽象を深化させた。
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レオナルド・ダ・ヴィンチ
イタリア・フィレンツェ近郊ヴィンチ村生まれの画家・彫刻家・建築家・技師・科学者。絵画では『モナ・リザ』『最後の晩餐』『岩窟の聖母』を残しつつ、解剖学・水理学・飛行装置・土木など膨大な手稿を遺した。芸術と科学が一つの探究だった時代を象徴する存在。
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線遠近法の確立
1420年代、建築家ブルネレスキが洗礼堂の実験で定式化し、アルベルティが『絵画論』(1435)で理論化した一点透視図法。消失点と水平線を設定し、距離に応じて対象を縮小することで、絵画に数学的に正確な三次元空間を作り出す技法。西洋美術の空間表現の基礎となった。
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ミケランジェロ
カプレーゼ生まれのイタリア・ルネサンス盛期の芸術家。フィレンツェとローマで活動し、彫刻『ピエタ』『ダビデ』『モーセ』、絵画『システィーナ礼拝堂天井画』『最後の審判』、建築サン・ピエトロ大聖堂クーポラを残した。人体表現の到達点として西洋美術の基準となった。
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モンドリアン
オランダ生まれの画家。印象派・点描派・キュビズムを経て、1917年に雑誌『デ・ステイル』を創刊し、新造形主義(ネオプラスティシズム)を提唱した。垂直・水平の黒線と赤・青・黄・白・黒の純粋要素のみによる構成は、グラフィックデザイン・建築・ファッションに半永久的影響を及ぼしている。
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モネ
パリ生まれのフランス人画家。印象派の名称の由来となった『印象・日の出』の作者であり、生涯にわたり光の変化を追い続けた。同一モチーフの時間帯別連作(『ルーアン大聖堂』『積みわら』)、晩年のジヴェルニーの睡蓮連作は、抽象絵画の扉を先取りした。
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新古典主義
18世紀後半、ロココの享楽を批判しつつ、ポンペイ・ヘルクラネウム発掘と啓蒙思想を背景に、古代ギリシア・ローマの理想を復興しようとした美術・建築運動。明確な輪郭、静的な構図、道徳的・英雄的な主題を重視した。ダヴィッド、カノーヴァ、アングルが代表者で、フランス革命とナポレオン時代の公式様式となった。
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北方ルネサンス
15世紀ネーデルラントを中心に、ドイツ・フランスへ広がった北欧のルネサンス美術運動。ファン・エイク兄弟による油彩画技法の革新、微細なディテール描写、室内光の精緻な再現を特徴とする。イタリア的な理想化よりも、現世と宗教の具体を精密に描くことを好んだ。
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パブロ・ピカソ
スペイン・マラガ生まれの画家・彫刻家・版画家。91歳の生涯で油彩・素描・版画・彫刻・陶芸を含め約5万点を制作。青の時代、バラ色の時代、キュビズム、新古典主義、シュルレアリスム周辺、晩年の多様式と、絶えず作風を更新し続けた。『アヴィニョンの娘たち』『ゲルニカ』『泣く女』が代表作。
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ラファエロ
ウルビーノ生まれのイタリア・ルネサンス盛期の画家・建築家。37歳の短命ながら、ペルジーノの優雅さ、レオナルドのスフマート、ミケランジェロの力強さを総合し、古典的調和の頂点を築いた。ヴァチカン署名の間『アテナイの学堂』、マドンナ像群、サン・ピエトロ大聖堂設計で知られる。
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レンブラント
ライデン生まれのオランダ黄金時代の画家・版画家。アムステルダムで活動し、『夜警』『テュルプ博士の解剖学講義』『放蕩息子の帰還』など、光と影による劇的構成と、年齢を重ねた人間の内面描写で西洋絵画史に比類なき深みをもたらした。晩年は破産に至るが、自画像連作が生涯にわたる自己観察を証言する。
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ルネサンス絵画
14世紀のジョット以降、15世紀フィレンツェで体系化され、16世紀ローマ・ヴェネツィアで頂点に達したイタリア絵画の古典様式。線遠近法・大気遠近法・解剖学的正確さを基礎に、人間と自然を理想的に描く視覚言語を確立した。古代ギリシア・ローマへの回帰と人文主義が土台となった。
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ロココ
18世紀前半のフランス宮廷・貴族社会で発展した美術・建築・装飾の様式。バロックの壮大さを軽やかな優美に置き換え、パステル色、非対称の渦巻文様(ロカイユ)、恋愛・牧歌・享楽を主題とした。ヴァトー、ブーシェ、フラゴナールが代表画家で、マリー・アントワネット時代に頂点を迎えた。
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ロマン主義絵画
18世紀末から19世紀前半、啓蒙主義の理性と新古典主義の規範への反動として欧州で興った絵画運動。自然の崇高、歴史的悲劇、個人の情念、異国情緒を主題に、色彩と筆触の感情性を重視した。ドイツのフリードリヒ、イギリスのターナー、フランスのジェリコー・ドラクロワが代表的存在である。
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シュルレアリスム
1924年、詩人アンドレ・ブルトンの『シュルレアリスム宣言』に始まる文芸・美術運動。フロイトの無意識論を背景に、自動記述・オートマティスム・偶然の結合により、理性の統制を離れた夢・欲望・驚異を表現した。ダリ、マグリット、エルンスト、ミロ、タンギーらが独自の図像を展開し、20世紀視覚文化に深く浸透した。
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ゴッホ
オランダ生まれの画家。27歳で画業に入り、10年の活動期間で約860点の油彩と1100点の素描を残した。印象派と浮世絵を通過後、南仏アルルで独自の激しい筆触と純粋色の様式を確立。『星月夜』『ひまわり』『アルルの寝室』『自画像』連作が代表作。生前ほぼ無名のまま37歳で自死した。
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フェルメール
デルフト生まれのオランダ黄金時代の画家。現存作品は35点前後と寡作で、生涯の大半は同郷で過ごした。窓辺から差す光の下で日常行為に没頭する女性像を描き、精緻な光学的写実と瞑想的静けさを統合した。『真珠の耳飾りの少女』『牛乳を注ぐ女』『絵画芸術』が代表作である。