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概要
厳密な合理的意思決定では、将来の期待コストと期待便益のみが意思決定に関わる。過去の支出は「沈んだ」費用として無関係である。しかし現実の人間と組織は、過去の支出を惜しんで同じ方向に投資を続けがちである。
アーケスとブルーマーの実験では、映画チケットを「割引で買った群」よりも「定価で買った群」の方が、たとえつまらなくても最後まで観続ける傾向が示された。コンコルド開発はしばしばこの誤謬の代名詞として語られる。
文脈や文化、個人差はあるが、組織での大型投資ほど顕著に現れやすい。
メカニズム
心理的には、損失を確定させる痛み(損失回避)、自己整合性の維持(過去の自分の判断を正当化したい動機)、責任者としての評価懸念が組み合わさる。
加えて、過去の投資がある種の「物語」を作り、その物語を途中で止めることへの情動的抵抗を生む。組織では、関与者への配慮、稟議書の体裁、対外的コミットメントが心理的コストをさらに増幅する。
経済学的に厳密な意味でのサンクコストとは異なり、「過去の成果や関係性の重み」として扱われる部分もあるため、純粋な誤謬として斬り捨てるより、不当な重みづけとして扱う方が精度が高い。
意義
サンクコストの誤謬の認識は、撤退・中止の判断に対する正当な言語を提供する。「もったいない」は個人の道徳だが、経営判断としては未来の期待価値で評価するという規律を導入できる。
ただし全ての継続が誤謬ではない。学習曲線、ネットワーク効果、段階的な知見の蓄積などがある場合、継続に客観的な将来価値がある。区別の設計こそが重要となる。
現代への示唆
決裁プロセスに撤退基準を埋め込む
初期決裁時点で「どの条件が揃ったら中止するか」を明示しておくと、後の判断でサンクコストに引きずられにくい。事前の撤退条件設計は、意思決定の質を事後ではなく事前に上げる。
人と意思決定を分離する
当初の意思決定者が撤退判断も担うと、自己正当化の力学が働く。別の評価者による定期レビューは、サンクコストの誤謬への構造的対処となる。
撤退を敗北ではなく学習として位置づける
組織文化が撤退を個人の失敗と見なすなら、誤謬は強化される。撤退判断の質を称えるナラティブと、撤退後のキャリアへの影響を中立化する制度設計が、長期的な意思決定の健全さを守る。
関連する概念
参考
- Arkes, H. R. & Blumer, C. “The Psychology of Sunk Cost”, Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35, 1985
- Staw, B. M. “Knee-Deep in the Big Muddy”, Organizational Behavior and Human Performance, 16, 1976