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中世
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ゴシック建築
12世紀中葉、パリ近郊のサン・ドニ修道院長シュジェールに始まり、400年にわたり西欧の大聖堂建築を支配した様式。尖頭アーチ、リブ・ヴォールト、フライング・バットレス(飛び梁)の三位一体により、壁を薄く高く立ち上げ、広大なステンドグラスで光を満たす空間を実現した。
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枯山水
水を用いず、白砂・石組・苔・植栽のみで山水(自然)を象徴的に表現する日本独自の庭園様式。室町時代、禅宗寺院において完成し、京都・龍安寺の石庭、大徳寺大仙院、東福寺方丈庭園が代表例。瞑想と鑑賞のための庭として、極限まで抽象化された空間は、後の現代アート・ミニマリズム・造園思想に影響を残す。
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能楽
14世紀後半、観阿弥・世阿弥が猿楽能を大成し、足利義満の庇護を受けて武家社会に定着した日本最古級の舞台芸術。能面・装束・謡・舞囃子・地謡による総合芸術であり、亡霊・神・鬼が主人公となる夢幻能の形式を確立。2001年にユネスコ無形文化遺産に登録された。
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黒死病 ― 中世社会の崩壊
黒死病(Black Death)は、1347〜1351年を中心にヨーロッパを襲ったペスト(腺ペスト・肺ペスト)の大流行。ヨーロッパ人口の3分の1〜半分が死亡したとされ、荘園制・教会権威・労働市場を揺るがした。労働力不足で農奴の地位が向上し、封建制崩壊と近代社会への移行を加速させた歴史的変曲点である。
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十字軍 ― 聖戦の経済
十字軍(1096〜1291年)は、ローマ教皇の呼びかけで西欧諸侯がイスラム勢力から聖地エルサレムを奪回しようとした一連の遠征。宗教的熱狂と同時に、諸侯の領土欲、商業都市の通商拡大、次男以下の若者の就職口としての性格を持ち、結果として東西交流とイタリア商業都市の繁栄を促した。
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封建制 ― 契約的主従関係
封建制(Feudalism)は、中世ヨーロッパで成立した政治・社会制度。主君が家臣に封土(フィーフ)を与え、家臣は軍事的奉仕と忠誠を誓う双務的契約関係を核とする。中央集権の崩壊を背景に生まれた分権システムで、近代国民国家と対比される組織原理の古典モデルである。
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チンギス・ハーンのリーダーシップ
チンギス・ハーン(1162?〜1227年)は、分裂していたモンゴル諸部族を統一し、史上最大の陸上帝国の基礎を築いた。従来の氏族主義を解体して千戸制の軍事組織を導入し、出自より能力で人材を登用した。法典『大ヤサ』の制定、宗教寛容、降将の重用など、組織統合の天才としての側面を持つ。
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平安貴族社会と摂関政治
平安時代(794〜1185年)の後半、藤原北家が天皇の外戚として摂政・関白の地位を世襲し、朝廷を事実上支配した政治体制。形式と先例に支配された宮廷社会は、独特の美意識と文学(源氏物語、枕草子)を生んだが、軍事力の外部化により武士の台頭を招き、最終的に崩壊した。
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異端審問
13 世紀、カタリ派・ワルド派などの異端撲滅を目的に教皇グレゴリウス 9 世が制度化したカトリック教会の司法機構。スペインでは 15 世紀末に国家的機関として強化され、ユダヤ人・改宗者・プロテスタント・魔女を摘発。ガリレオ裁判(1633)も異端審問によるもの。
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イスラム黄金時代とバグダード
8世紀中葉から13世紀、アッバース朝の首都バグダードを中心にイスラム世界が経験した文化・科学の最盛期。『知恵の館(バイト・アル=ヒクマ)』ではギリシア・ペルシア・インドの文献がアラビア語に翻訳され、数学・天文学・医学・哲学が飛躍的に発展した。ヨーロッパ・ルネサンスの知的源泉となる。
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鎌倉幕府と御恩と奉公
鎌倉幕府(1185〜1333年)は、源頼朝が創始した日本初の本格的武家政権。将軍が御家人に領地を保証・授与する『御恩』と、御家人が軍役・番役を果たす『奉公』の双務契約を核とした。形式化した貴族政治に代わり、成果と報酬がシンプルに対応する組織原理を日本社会に持ち込んだ。
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修道院制
3 世紀エジプトの砂漠教父に始まり、6 世紀ベネディクトゥスが西方型を確立。祈り・労働・学問を組み合わせた共同生活は、中世ヨーロッパで知識保存・農業改良・ワイン醸造・医療・学問の中心となった。大学の原型もここにある。
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モンゴル帝国とパクス・モンゴリカ
モンゴル帝国(1206〜1368年)は、チンギス・ハーンが建国した史上最大の陸上帝国。最盛期には太平洋から東ヨーロッパに及ぶユーラシアの大半を支配した。駅伝制(ジャムチ)により大陸横断の情報・物流網を整え、東西交易と文化交流を活性化させた『パクス・モンゴリカ』の時代をもたらす。
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応仁の乱と下剋上
応仁の乱(1467〜1477年)は、室町幕府の後継者争いを発端に、細川勝元・山名宗全の派閥対立と各地の守護大名の家督争いが絡み合った11年に及ぶ大乱。京都は焦土化し、幕府権威と荘園制は実質的に崩壊。実力本位で上位者を倒す『下剋上』の戦国時代へと日本社会を突入させた。
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唐の国際主義と長安
唐(618〜907年)は、首都長安を世界最大の国際都市として繁栄させた中国の大王朝。シルクロードを通じてペルシア・ソグド・インド・日本の人々が集い、仏教・ネストリウス派・マニ教・イスラム教が共存した。科挙と律令により実力本位の官僚制を整え、東アジア文化圏の原型を築く。