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概要
映画の誕生とは、慣例として1895年12月28日、パリのグラン・カフェでリュミエール兄弟(オーギュストとルイ)が行ったシネマトグラフの一般有料上映を指す。この日、『リュミエール工場の出口』『列車の到着』など10本の短編が有料で上映された。
これをもって、動く映像を集団で観るという新しい体験様式が社会に誕生した。
背景・技法
19世紀後半、連続写真の研究が進んでいた。エドワード・マイブリッジは走る馬の連続撮影(1878)で動きを分解し、エティエンヌ=ジュール・マレーはクロノフォトグラフィ(1882)で解析した。
エジソンのキネトスコープ(1891)は、動く映像を見る装置だったが、箱に覗き込む個人視聴方式だった。リュミエールのシネマトグラフ(1895)はスクリーンへの投影を可能にし、集団体験としての映画を開いた。
初期映画はアクチュアリテ(現実記録)とトリュック映画(特殊効果)に分かれた。ジョルジュ・メリエス『月世界旅行』(1902)は、ストップモーション、多重露光、ミニチュアを駆使した空想映画で、映画を物語芸術の可能性へ導いた。
D・W・グリフィス『国民の創生』(1915)、『イントレランス』(1916)は、クロスカッティング、クローズアップ、俯瞰ショットを組み合わせ、現代映画言語の文法を確立した。
意義
映画の誕生は、メディア史上最大の変革のひとつである。絵画、写真、演劇、小説の表現要素を吸収しつつ、時間と空間を自由に編集する新しい文法を開発した。
それは20世紀における集団的想像力の主要な装置となり、ハリウッド、ナチスの宣伝映画、ソビエトのエイゼンシュテイン、日本の黒澤・小津・溝口、フランスのヌーヴェルヴァーグ、アニメーション、ドキュメンタリーと分岐した。
現代への示唆
プラットフォーム選択の重要性
エジソンの個人視聴方式は敗北し、リュミエールの集団投影が勝った。同じ技術でも、提供形態の選択が市場を決める。
新メディアは既存芸術を吸収する
映画は絵画・演劇・小説の文法をすべて飲み込んで成立した。同様に、デジタル・AI時代の新メディアも既存芸術を再編する形で生まれる。ゼロからの発明ではなく、組み合わせと編集。
文法の整備が表現を解放する
グリフィス以降、クロスカット、クローズアップなどの文法が整備されたことで、映画は複雑な物語を扱えるようになった。新技術の発展初期は、表現文法の整備こそが最大の価値を生む。
集団体験の設計
スクリーンを囲んで同じ映像を同時体験する仕組みは、ライブ配信・ウェビナー・メタバースの祖である。同期体験の設計は今も競争要因である。
関連する概念
- リュミエール兄弟
- シネマトグラフ
- ジョルジュ・メリエス
- D・W・グリフィス
- 写真の発明
参考
- 岩本憲児『映画と「近代」』森話社、2014
- 蓮實重彦『映画はどこにあるか』青土社