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概要
大航海時代(Age of Discovery)は、15世紀末から17世紀にかけて、ヨーロッパ諸国が海路で世界に進出した時代を指す。1492年のコロンブスによる新大陸到達、1498年のヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開拓、1519〜22年のマゼラン艦隊による世界周航などが象徴的な出来事である。
それまで地中海と陸のシルクロードに閉じられていた交易網が、一挙に地球全体に拡張された。
経過
先頭を走ったのは、地中海の東側を通らずにアジアへ至る航路を求めたポルトガルとスペインだった。ポルトガルはアフリカ西岸を南下しインド洋へ、スペインは大西洋を西進して「西回りのアジア」を目指した。
結果として、アメリカ大陸・インド洋交易網・太平洋航路が次々に開かれた。16世紀後半にはオランダ・イギリス・フランスも参入し、香辛料・砂糖・銀・奴隷を含む大規模な商品連鎖が形成された。
これを支えたのが、羅針盤・キャラベル船・天測航法といった航海技術と、国王特許状による独占権、そして複数投資家による資本プーリングだった。
背景・影響
動機は三つ重なっていた。オスマン帝国による東地中海交易の遮断、胡椒・絹への旺盛な需要、そしてキリスト教布教への宗教的熱情である。
結果として世界経済が一つにつながり、南米の銀がヨーロッパ経由で中国の明に流入するような、地球規模のマネーフローが初めて成立した。同時に、植民地支配と先住民社会の破壊、奴隷貿易という負の遺産も生んだ。
航海事業は一件あたりの投資が巨大で、成功すれば数倍のリターンだが失敗すれば全損という、極端なハイリスク・ハイリターンだった。これを捌くために、損失を分散する仕組み——株式・保険・為替手形——が発達した。
現代への示唆
未知の市場はリスクマネーなしには開かない
大航海時代が示したのは、新市場は「安全な金」では開けないという事実だ。胡椒一航海の利益率は数百パーセントに達したが、船の半分は戻らなかった。このリスクプロファイルを受け入れるプールマネーがあって初めて、未踏の市場に船が出せた。現代のベンチャーキャピタルと同じ構造である。
技術と制度はセットで機能する
羅針盤だけ、株式会社の仕組みだけでは、世界進出は起きなかった。航海技術・金融制度・国家の後ろ盾という三つが揃って初めて、リスクテイクが産業化した。イノベーションは単独の技術革新ではなく、技術と制度の共進化で起こる。
先行者利益と後発の逆転
ポルトガル・スペインが先行したが、17世紀にはオランダ・イギリスが追い抜いた。先行者は既存の支配地の維持にコストを取られ、後発は新しい組織形態(株式会社)で追い抜いた。先行者利益は永続しない。
関連する概念
- オランダ東インド会社
- コロンブス交換
- 重商主義
- 資本主義の起源
参考
- ウォーラーステイン『近代世界システム』