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概要
功利主義(utilitarianism)は、18〜19 世紀イギリスで展開された倫理思想。ジェレミー・ベンサム(Jeremy Bentham、1748-1832)が体系化し、J.S. ミル(John Stuart Mill、1806-1873)が洗練した。
行為の善悪を、その結果が生む幸福(快楽)の総量で判定する。代表命題は:
「最大多数の最大幸福」(the greatest happiness of the greatest number)
基本構造
功利主義は三つの要素から成る:
- 帰結主義 — 行為の価値は結果によって決まる(動機や意図ではない)
- 快楽主義 — 唯一の善は「幸福(快楽)」、唯一の悪は「苦痛」
- 総和主義 — 関係者全員の幸福を足し合わせ、最大値となる行為を選ぶ
ベンサムは幸福を「計算可能」なものとして提示し、幸福計算(felicific calculus)という具体的な方法を構想した。
ミルによる洗練
ベンサムが量的幸福のみを扱ったのに対し、ミルは 「満足した豚であるより、不満足なソクラテスであるほうがよい」と述べ、快楽の質の違いを導入した。高次(知的・道徳的)の快楽と低次(肉体的)の快楽を区別したのである。
ミルは『功利主義論』(1861)で、個人の自由と社会の幸福を両立させる民主主義思想を展開した。
義務論との対比
| 立場 | 判定基準 |
|---|---|
| 義務論(カント) | 行為が道徳法則に適合するか |
| 功利主義(ベンサム・ミル) | 行為の結果が総幸福を最大化するか |
「1 人を犠牲に 5 人を救う」問題:義務論は不可、功利主義は許容しうる。
主な批判
- 少数者犠牲の正当化 — 多数の幸福のために少数を害することを許すのでは?
- 幸福の比較不可能性 — 異なる人の幸福を足し算できるのか?
- 動機の軽視 — 偶然良い結果になった悪意ある行為はどう評価するか?
現代への示唆
功利主義は、意思決定の多数決的計算モデルとして、現代経営に深く浸透している。
1. ステークホルダー計算
経営判断は事実上、功利主義的である。「この施策は従業員・顧客・株主・社会を合わせて総幸福を増やすか」を問う。ESG・サステナビリティ論の背景にはこの思想が流れている。
2. 政策・規制の評価
費用便益分析(cost-benefit analysis)は功利主義の実装である。公共投資、税制、環境規制——すべて「総便益 > 総費用」を基準にする。
3. 少数者問題の自覚
しかし功利主義は 弱者・マイノリティ・長期的少数派を切り捨てる危険を孕む。短期的な「最大多数」追求が長期的な信頼・文化を毀損する事例は多い。経営者は功利計算の結果を採用しつつ、義務論的赤線を設ける——この二重構造が健全な判断をもたらす。
関連する概念
ベンサム / J.S. ミル / 帰結主義 / 義務論 / [定言命法]( / articles / categorical-imperative) / 正義論
参考
- 原典: J.S. ミル『功利主義』(関口正司 訳、岩波文庫、2021)
- 原典: ベンサム『道徳および立法の諸原理序説』
- 研究: 児玉聡『功利主義入門——はじめての倫理学』ちくま新書、2012