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概要
シーア派(Shia、شيعة、アラビア語「党派」——シーア・アリー「アリーの党派」の略)は、イスラム教の第 2 の宗派。世界のムスリムの約 15%を占める。
主要分布:イラン(国教、人口の 90%超)、イラク(南部の多数派)、バーレーン、レバノン南部(ヒズブッラー)、イエメン(ザイド派)。
成立の経緯
ムハンマドの死後、後継者問題でスンナ派と分岐した。シーア派の主張:
- ムハンマドは生前、娘婿 アリー(ムハンマドのいとこ、娘ファーティマの夫)を後継者に指名していた
- しかし実際には、アブー・バクル、ウマル、ウスマーンが先にカリフとなり、アリーは第 4 代にようやく就任
- アリー暗殺後、息子ハサン、フサインが家系を継ぐが、いずれも殺害される
カルバラーの悲劇(680 年)
アリーの次男フサインが、ウマイヤ朝のヤズィードと戦い、カルバラーで 72 人の少数部隊とともに虐殺された事件。シーア派の殉教と苦難の神学の原型となる。
毎年イスラム暦ムハッラム月 10 日(アーシューラーの日)に、フサインの殉教を追悼する儀式が行われる——胸を叩く、鎖で打つなどの激しい嘆きの伝統を持つ。
イマーム制
シーア派のもう一つの特色は イマーム制。スンナ派のカリフが「人間の合意による指導者」であるのに対し、シーア派のイマームは:
- ムハンマドの霊的後継者
- 神の選びにより継承される
- 罪を犯さない(無謬)
- 神と人間の媒介者
イマームの数について、シーア派内部で分派:
十二イマーム派(Ithnā ‘Asharīyah)
- シーア派の最大多数派(約 85%)
- アリーから 12 代目のイマーム・ムハンマド・アル=マフディー(874 年、5 歳で)が隠れ(お姿を消した)とする
- マフディーの再臨を待望する(イスラム版メシア思想)
- イランの国教
イスマーイール派
- 7 代目でイスマーイールを正統とする
- アーガー・ハーン 4 世を現指導者とする
ザイド派
- 5 代目でザイドを正統とする
- イエメンで主流
十二イマーム派の制度
隠れイマーム再臨までの期間、ウラマー(宗教学者)の最高位が代行する:
- マルジャ・エ・タクリード(模倣の源泉)— 最高位の法学者
- イラン革命(1979)以降、ホメイニーの 「法学者の統治」(ウィラーヤト・アル=ファキーフ)理論により、政治権力も宗教学者が掌握
現代への示唆
シーア派の特徴は、経営論的にも示唆的:
- 少数派の凝集力 — マイノリティとして 1400 年持ちこたえる組織設計
- 殉教のナラティブ — 苦難・不正・抵抗の物語を中心に据えることで、逆境下の結束を強化
- カリスマ的指導の制度化 — 単なる選挙ではなく、霊的権威の継承
- 国家との一体化(現代イラン)— 宗教が国家機構を統御する稀なモデル
「迫害された正統」を自任する組織は、強い内的結束と外的対立を同時に生む——この力学はベンチャー企業・宗教組織・政治運動に広く見られる。
関連する概念
[スンナ派]( / articles / sunni) / アリー / カルバラー / イマーム / ホメイニー
参考
- 原典: シーア派のハディース集『ウスール・アル=カーフィー』
- 研究: 富田健次『アーヤトッラーたちのイラン』第三書館、1993