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概要
9.11同時多発テロ(2001年9月11日)は、4機の旅客機がハイジャックされ、うち2機がニューヨークの世界貿易センタービルに、1機がバージニア州のペンタゴンに突入、1機がペンシルベニア州に墜落した一連のテロ攻撃である。
死者約3000人。米国本土が直接攻撃を受けた初めての事件として、米国および世界の安全保障観を一変させた。
経過
当日朝、ボストン・ワシントン・ニューアークを出発した4機の旅客機がほぼ同時にハイジャックされた。8時46分、1機目が世界貿易センター北棟に衝突。9時3分に南棟、9時37分にペンタゴンに衝突し、10時3分にはペンシルベニアで4機目が墜落(乗客による奪還闘争の末)。
北棟は10時28分、南棟は9時59分に崩壊し、ニューヨーク中心部が瓦礫の山と化した。
ブッシュ政権は当日中にテロリズムとの戦いを宣言。10月にアフガニスタンのタリバン政権への軍事行動を開始、2003年にはイラク戦争を開始した。首謀者ウサマ・ビンラディンは2011年にパキスタンで米軍特殊部隊により殺害された。
背景・影響
背景には、冷戦後の米国一極体制への不満、中東への米軍駐留への反発、アフガニスタンでのムジャヒディン(ソ連侵攻期に米国が支援)の残存など、複合的要因があった。
影響は広範囲に及んだ。国内では愛国者法による監視強化、空港保安の抜本見直し、国土安全保障省の新設。対外ではアフガン戦争(20年)・イラク戦争(8年)で米軍は長期消耗を強いられた。
経済面では株式市場が4日間閉鎖、航空・観光業が打撃を受けた。一方、半導体・サーバー監視・サイバーセキュリティなど、新たな産業も拡大した。グローバル化の前提だった「開かれた世界」が、安全保障の観点から再設計されることになった。
現代への示唆
想定外シナリオこそ準備すべき対象
「旅客機を兵器として使う」発想は、当時の米安保機関のシナリオにはなかった。BCP策定では、既存シナリオの外側を問い続ける姿勢が重要である。
過剰反応は長期的コストを生む
対テロ戦争の20年は、当初の目的を超えて米国の国力と国際的信頼を消耗させた。危機対応は「やりすぎない」判断力が後の回復力を決める。
非対称な脅威は従来組織を無力化する
国家間戦争を前提にした軍事力は、テロには対応しきれなかった。組織設計も、想定する競合の型に縛られると、非対称の挑戦者に敗れる。
関連する概念
- アルカイダ
- アフガン戦争
- イラク戦争
- 愛国者法