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概要
教皇(きょうこう、Pope、ラテン語 Papa「父」)は、カトリック教会のローマ司教であり、世界約 14 億のカトリック信徒の首長。
初代はイエスの使徒 ペテロとされ、2000 年以上にわたり選挙と継承で維持される世界最古級の制度である。266 代目ローマ教皇のフランシスコ(任期:2013-、執筆時点)を含め、266 人(数え方による)が歴代の座に就いた。
権威の根拠
聖書的根拠
イエスがペテロに語った言葉:
「あなたはペテロ。この岩の上に私の教会を建てる。」(マタイ 16:18)
「ペテロ」はギリシャ語で「岩」の意。ローマ司教=ペテロの後継者という主張の聖書的基盤となっている。
教皇首位権
ローマ司教が全キリスト教会の首位にあるという教義。東方正教会は認めない(これが 1054 年の東西分裂の主因)。
教皇不可謬性
1870 年、第 1 バチカン公会議で正式に教義化。信仰と道徳に関して教皇が公式に宣言(ex cathedra、「座から」)する教えは、誤りがない、とする。発動は極めて稀(マリアの無原罪・被昇天など数件のみ)。
選出方法——コンクラーベ
教皇は選挙で選ばれる:
- コンクラーベ(ラテン語 con clave「鍵をかけて」)= システィーナ礼拝堂に枢機卿団を閉じ込めて投票
- 80 歳未満の枢機卿が投票権(約 120 人)
- 2/3 以上の賛成で決定
- 白い煙=選出成立、黒い煙=未決
制度は 1274 年に教皇グレゴリウス 10 世が確立。外部からの干渉を排除するためだった。
バチカン市国
1929 年、ムッソリーニとの ラテラノ条約により、バチカンは独立国家となる(人口約 800 人、面積 0.44 km²)。教皇は国家元首。
- 独自の通貨、郵便、警備(スイス衛兵)
- 国連オブザーバーとして世界外交に参画
- 教皇庁銀行(IOR)を持つ
歴史上の転換点
- 590-604 年 — グレゴリウス 1 世。教皇権の確立
- 1077 年 — カノッサの屈辱。教皇グレゴリウス 7 世が神聖ローマ皇帝ハインリヒ 4 世を屈服させる
- 1309-1377 年 — アヴィニョン捕囚。フランス王による教皇の支配
- 1517 年 — 宗教改革開始。教皇権威の大幅低下
- 1929 年 — ラテラノ条約
- 2013 年 — ベネディクト 16 世が600 年ぶりに生前退位
現代への示唆
教皇制は、2000 年続く選挙君主制という稀有な制度である。経営論的にも参考になる:
- 終身制とチェック機能の両立 — 強い権威を持ちながら、ex cathedra の発動は極めて慎重
- 後継選出の制度化 — 創業者の死後も 2000 年続く選出プロセス
- 絶対権威と多様性の包摂 — 中央集権でありながら、地域教会・修道会の多様性を許容
ベネディクト 16 世の生前退位(2013)、フランシスコの改革姿勢など、2000 年続いた制度も変わるという事実は、「伝統の創造的継承」の実例として注目される。
関連する概念
ペテロ / [カトリック]( / articles / catholicism) / バチカン / コンクラーベ / 教皇不可謬性
参考
- 原典: 『カトリック教会のカテキズム』第 881-896 節
- 研究: 松本佐保『バチカン近現代史』中公新書、2013