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概要
『美徳なき時代(After Virtue: A Study in Moral Theory)』は、アラスデア・マッキンタイア(1929-)が 1981 年に刊行した倫理学書。
マッキンタイアはスコットランド生まれ、米国ノートルダム大学教授を務めた哲学者。マルクス主義から出発し、最終的にカトリック=トマス主義へ至った思想的遍歴をもつ。本書は 20 世紀後半に 徳倫理学を現代倫理学の主役の一つに押し上げた 記念碑的著作である。
中身——情緒主義社会の診断
マッキンタイアは衝撃的な書き出しで始める。「我々は倫理について議論する共通の言語を失った」——現代の道徳論争は、異なる断片が衝突する 「情緒主義(emotivism)」 に堕している。
なぜこうなったか。彼の歴史診断はこうだ:
- 古代〜中世——アリストテレス/トマス的な徳倫理が機能していた。徳は 共同体の物語と実践 の中に埋め込まれていた
- 近代啓蒙——共同体の文脈から切り離され、普遍的原理(カント)や最大幸福(ベンサム)から倫理を演繹しようとした
- その失敗の帰結——道徳は個人の感情表現へと退行した
救済策は 徳倫理学の再構築 である。ただし単純な復古ではなく、「実践(practice)」「人生の物語的統一」「伝統」という三層構造で現代に甦らせる。
論点
- 「実践の内在的善」 — 医療・教育・職人仕事など、それぞれの実践には 内在的な卓越性の基準 がある。外在的報酬(金・名声)と区別される
- リベラリズム批判 — ロールズ的な「負荷なき自己」を批判し、歴史と共同体に根ざした自己 を主張。共同体主義(コミュニタリアニズム)の旗頭となった
- 宗教的性格 — 後年のマッキンタイアは明確にトマス主義神学へ傾斜。世俗的徳倫理の可能性をめぐる論争が続く
現代への示唆
1. 実践の内在的卓越
給与・ボーナスといった 外在的報酬 だけで動機づけされる仕事は、それ自体の意味を失う。マッキンタイアは、職人仕事や専門職の内側にある卓越性の基準 に立ち返れと説く。プロフェッショナリズム再生の哲学的基盤。
2. 企業を「伝統」として捉える
企業文化は、過去から継承され未来へ託される物語 である。マッキンタイア的視点は、短期的な「パーパス策定ワークショップ」とは異なる深度で、企業のアイデンティティを問う。
3. 徳を育てる共同体
個人の倫理教育は限界がある。徳は 共同体の実践の中で習慣として育つ。OJT・メンタリング・文化伝承は、マッキンタイアの言葉で言えば 徳の生育装置 である。
関連する概念
[徳倫理学]( / articles / virtue-ethics) / アリストテレス / トマス・アクィナス / 共同体主義 / 情緒主義 / 実践の内在的善 / ジョン・ロールズ
参考
- 原典: アラスデア・マッキンタイア『美徳なき時代』(篠崎榮 訳、みすず書房、1993)
- 原典: アラスデア・マッキンタイア『美徳なき時代』(新装版、みすず書房、2021)
- 研究: 菊池理夫『日本を甦らせる政治思想——現代コミュニタリアニズム入門』講談社現代新書、2007