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概要
歌舞伎(Kabuki)は、1603年、出雲大社の巫女阿国による「かぶき踊り」を起源とする、日本の総合舞台芸術である。江戸時代を通じて発展し、江戸町人文化の中心娯楽となった。
2008年、ユネスコ無形文化遺産に登録。能と並ぶ日本の二大古典演劇である。
様式・技法
歌舞伎の発展は政治的規制と密接に結びついている。
当初は女性による女歌舞伎だったが、風紀紊乱を理由に1629年禁止。続く若衆歌舞伎も同様の理由で1652年禁止。以降、成人男性のみによる野郎歌舞伎となり、女方という役柄(男性が女性を演じる)が確立した。
演技様式には、荒事(豪快・超人的な演技。市川團十郎家の伝統、『暫』『助六』)と和事(優美で柔らかい演技。上方で坂田藤十郎が確立、『心中天網島』)がある。
演出装置には、隈取(顔の化粧による性格の可視化)、見得(決めポーズ)、花道(客席を横切る舞台)、廻り舞台、宙乗りなど、観客を巻き込む仕掛けが豊富である。
脚本では、元禄期の近松門左衛門(『曽根崎心中』『国性爺合戦』)、幕末の河竹黙阿弥(『白浪五人男』)が代表的。
背景・意義
歌舞伎は幕府の統制と庶民の熱狂の間で発達した。劇場は悪所として警戒されたが、町人の最大娯楽として繁栄した。浮世絵の役者絵、瓦版、番付——メディア・ミックスの原型が江戸ですでに成立していた。
明治期に近代化の圧力下で一時衰退しかけたが、九代目團十郎、五代目菊五郎らの演技革新、大正期の二代目左團次の活動、戦後の十七代目勘三郎らによって、伝統と革新の綱渡りを続けてきた。
現代への示唆
規制が形式を作る
女方の誕生は、規制という制約から生まれた独自様式である。規制や制約は創造性の敵ではなく、形を鋭くする触媒となりうる。
家の継承
市川、尾上、中村、坂東など、屋号による家系的継承は、ブランド・技能・観客関係を世代にわたって維持する仕組みである。老舗企業の継承戦略のモデルとして参照しうる。
観客参加の演出
見得で客席から掛け声(大向こう)、花道での近距離体験、劇場内外での関連商品——観客を参加させる総合体験は、現代のライブエンタメ・IPビジネスの原型である。
様式と即興の両立
型を守りつつ、日々の演技で微細な更新が行われる。伝統と即興のバランスは、レガシーを持つ組織の革新のあり方そのものである。
関連する概念
- 出雲阿国
- 近松門左衛門
- 市川團十郎
- 歌舞伎十八番
- 能楽
参考
- 河竹登志夫『歌舞伎——過去と未来への架け橋』岩波新書
- 渡辺保『歌舞伎 家と血と藝』講談社学術文庫、2005