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概要
浮世絵版画は、17世紀末から幕末までの江戸で発展した大衆向け多色刷り木版画。菱川師宣の墨摺絵(一色刷り)に始まり、鈴木春信が1765年に錦絵(多色刷り)を完成させた以降、爆発的に普及した。
主題は美人画、役者絵、名所絵、武者絵、春画、花鳥画、妖怪画など多岐にわたり、都市町人文化の視覚的背骨を形成した。
様式・技法
生産は版元・絵師・彫師・摺師の分業で行われた。版元(蔦屋重三郎など)が企画し、絵師が下絵を描き、彫師が山桜の版木に彫り、摺師が和紙に色を重ねて刷る。一枚の錦絵に10前後の版木が用いられた。
定価はそば一杯程度で、大衆が購入可能な芸術商品だった。この低価格・高品質のプロダクトは、世界の美術史でも類を見ない。
様式面では、輪郭線で面を囲み、影をつけず、遠近法を独特のアクソノメトリックな方法で処理する——平面性と明晰さが西洋絵画と鋭く対照する。
背景・意義
享保の改革以降、武家は統制され、町人階層が経済・文化の担い手となった。浮世絵は、歌舞伎・吉原と並ぶ江戸町人文化の三大装置のひとつである。
1850-70年代、欧州への陶磁器輸出の包装紙として大量の浮世絵が流入し、ジャポニスムを引き起こした。マネ、ドガ、モネ、ゴッホ、ドビュッシーらが浮世絵を収集・模写し、平面性と大胆な構図を自らの様式に取り込んだ。近代西洋美術は浮世絵なしには成立しなかった。
現代への示唆
分業による大量生産
版元=プロデューサー、絵師=デザイナー、彫師+摺師=製造、という完成された生産システムは、クリエイティブ産業の原型である。工程を切り分けることで品質と量を両立させる。
大衆価格の高品質
そば一杯分で芸術が買える構造は、デモクラタイゼーションの成功事例である。機能・美・価格の三点を同時に成立させる設計思想は、ユニクロ、無印、IKEAに至るまで通底する。
輸出で再評価される
国内では庶民の消費財に過ぎなかったものが、海外で芸術と認識され、逆に国内評価も高まった。外部の眼が自らの資産を再発見する構造は、地方産品・伝統技術のグローバル展開のヒントである。
関連する概念
参考
- 大久保純一『カラー版 浮世絵』岩波新書、2008
- 辻惟雄『日本美術の歴史』東京大学出版会、2005